東日本大震災と石川の地震・津波防災

東日本大震災と石川の地震・津波防災

金沢大学教授 工学博士 宮島 昌克 氏

 東日本大震災の断層が破壊し始めた点は、宮城県の沖合130㎞。南北に約450~500㎞、東西に約200㎞の断層面が破壊した。マグニチュードは9.0で我が国観測史上初めて、世界でも4番目に大きい地震だった。揺れる時間も3~4分と長かった。阪神大震災は小さな揺れを含めても1分もない。
最大水平加速度は2933㎝/秒/秒で、重力の3倍と極めて大きかった。揺れの速度は100㎝/秒。阪神は、加速度は891㎝/秒/秒だが、速度は112㎝/秒で大きかった。そのため、構造物の被害は神戸の方が多かった。
一方、津波の被害はすごい状況。中心街のすべての木造建築が流され、防潮林が海に没した。立派なビルも転倒した。一般に津波が来たら3階建て以上の鉄筋コンクリート構造物に避難しろと言われていたが、4階建てのビルも転倒した。
津波被害の特徴はゼロか1。津波が及んだ線の内外で全壊するか健全かに分かれる。また、今回の死者・行方不明者は約2万人、負傷者は約5000人。阪神大震災では死者・行方不明者が6434人だが、けが人は4万人いた。津波は死ぬか助かるか、つまりゼロか1。中途半端な対策ではゼロになる。
それでは石川ではどうか。東北の事例により、津波と言えばリアス式海岸であるとの思いこみがあった。しかし、仙台空港から福島第一原発に至る直線的な海岸でも大きな津波が押し寄せ、海岸の住宅を全て押し流した。これを石川に当てはめると、湾がある能登半島だけでなく、かほく市から加賀市に至る直線的な海岸も危ない。湾の所は背後に高台があるので時間さえあれば逃げ込むことができるが、平野部は津波がどんどん奥まで入り込む。東日本の被災者は自家用車で高台へ向かったが大渋滞になり、背後から津波に襲われた。
そもそも日本海に津波があるのか。古くからの津波の歴史をみると1600年から現在までの400年に4m以上の津波が8回発生している。50年に1回の割合である。1983年の秋田県沖の地震では輪島市で2mぐらいの津波、舳倉島では5mの津波が襲った。1833年の山形県沖の地震では輪島市に8mぐらいの津波がきたと言われている。
石川県は能登半島地震まで全国で最も地震の少ない県だった。しかし、森本・富樫断層が存在し、地震が起きる確率は6%と阪神大震災の直前並み。4000年前と2000年前に動いた形跡はあるが、それ以降ない。東海・東南海地震が今世紀中頃に起きると言われているが、この地震が起きる前50年ぐらいは地震の活発期に入る。阪神大震災以降、活発期に入ったと言われている。
地震や津波に備え、最低何をしなければならないかを事前に確認しておかければならない。生活の中に防災を取り込んでおかないと、災害が起きたときに役に立たない。