文化について思うこと

文化について思うこと

石川県立美術館 館長 嶋崎 丞 氏

 20世紀というのは機械文明を中心とした経済成長の時代であったため、どうしても人間の心がなおざりにされてきた時代ではなかったかなと思います。しかし豊かな時代があったからこそ、文化の糧も育まれてきたと思います。21世紀は成熟社会となって身の回りにないものはない時代となり、結果として人間はどうあるべきかということに目が向けられるようになったと思います。老人介護福祉や子供の教育に投資が向けられ、これによっていかに新しい文化を築いていくかが問われる時代になったと思います。
人間の文化を考える根源は、人間の感性、つまり五感だと思っています。この五感をいかに磨きをかけて展開するか、それが結果として新しい文化を生み出すのではないかと考えています。
①視覚関係では、都市景観というものが大切です。パリのシャンゼリゼ通りは大変美しいが、木造とコンクリートが渾然としている日本では、それをどう調和させて美しい景観を作るかが重要だと思います。また、都市景観は一律であってはならないと思います。例えば、鳥取と松江の駅舎が全く同じで、国鉄の名残だと思いますが、これでは街の特徴が出ません。金沢駅の鼓門は良いかどうかの議論はありますが、地域独特の都市景観、文化遺産的景観として考えることは大切だと思います。また、イタリアは歴史都市としての古いたたずまいの復元が大変多く、新しいものを次々に作る日本とは考え方が違います。金沢でも公害といわれかねないほど彫刻が多いですが、街並みとの調和を考えた景観の演出が必要だと思います。
②聴覚関係では、橋を渡ると滝廉太郎の曲が流れるとか、寺町で一斉に鐘を鳴らすとか、音による街づくりを考えている例もあります。寺町寺院群の鐘や本多の森の蝉時雨は、日本の音風景100選にも選ばれています。
③臭覚関係では、富良野のように匂いで町おこしをしている例があり、県内でも珠洲市のほかいろいろやっていますが、パリが香水をお土産にしているように、個性あるやり方をする必要があります。日本の香道も20年ほど前から広がりつつありますが、これをうまく演出してお香の販売にまでつなげたらと思います。
④味覚関係は、食文化といわれるほど、味覚を通しておもてなしの心を表す文化活動だと思います。金沢ではフードピアで文化活動を発信してきました。食文化には当然伝統工芸である器が伴います。ところが、日本のほとんどの旅館料亭は伊万里を使っています。石川県には、九谷や輪島塗・山中塗などがあるにもかかわらず、県内の旅館でなぜもっとこれら地元の器を使う運動をしないのか不思議でなりません。地元の人はもっと地元の文化にこだわりをもつ必要があるのではと思います。
⑤触覚関係では、手触りということですが、もっと幅広く捉えてコミュニケーションや集まりと言っても良いと思います。もてなしの雰囲気作りがそれですが、例えばフードピアにしても食文化だけで終わっている、ラフォールジュルネにしても聴覚だけで終わっている、これを五感のすべてに訴えて総合的にやることがまだ欠けているのではないかと思います。せっかく多くの人が集まっているのだから、総合的な演出がぜひ必要だと思います。