一日一話の”物語”

一日一話の"物語"

石川高専教授・副校長 高島 要 氏

 普段の仕事が忙しく、本を読んで楽しむ時間が取りにくいご時世になってきました。長い本を手にしてもゆっくり読めないので、一日に一つずつ読み切りで読めるようなもの、今日は、そういう「一日一話」型の短編が集まった本を紹介させていただいて、秋の読書の手助けになればと思います。
「短編小話」の一つとして、川端康成の「掌の小説」があります。非常に短い話の集まりで、まさに「一日一話」で読めるものです。川端は20代に詞を書くようなつもりで小説を書いたと邂逅しております。純粋に自分の心の中を言葉にしたものだと思います。阿久悠が書いた「詞小説」という本もあります。「北の宿から」など大ヒットした歌謡曲のタイトルが28並んでいます。歌謡曲の世界をそのまま小説にしたものではないようですが、心は繋がっているようにみえます。文字どおり詞のような物語が書かれています。阿久悠は「肉声をうまく伝える言葉をみつけ、残すというところに、詞や小説を書く役目を感じる」と述べています。
これらに共通することは、一つの様式をもった洗練された文章、選び抜かれ研ぎ澄まされた語句で成り立っていることです。吉村貞司は「内容の豊かさ、心理の複雑さ、人間性に迫る鋭さ」は長編に優ると評しています。時間的余裕のないなかで「一日一話」ずつ読めるというのは今日の文学鑑賞の一つのあり方かと思います。
新しい時代だけではなく、平安時代から我々の先祖は短いもので一つの様式をもった物語を作っていました。一番古いのは「伊勢物語」で、「東下り」や「井筒」などの有名な話があります。また、「万葉集」の巻15の最後の部分はひと続きの歌になっていて、男女の歌のやりとりで悲恋の物語ができています。「堤中納言物語」は平安時代の短編物語集で、非常に気の利いた小話が十篇入っています。
今日でも「一日一話」で読める短編を繋いだ小説として、井上荒野「潤一」、村山由佳「アダルト・エデュケーション」、重松清「愛妻日記」などがあります。
秋の夜長に、一日一話の「物語」で軽く文学に接していただければと思います。