ホームステイ受入のすすめ

ホームステイ受入のすすめ

日光リネンサプライ(株) 代表取締役会長
松本 隆夫氏(元金沢西RC 会員)

 最初に交換留学生を受け入れた のが28年前でした。それ以来、12年に渡って9名を受け入れました。金沢西RCでは、これまで24名を受け入れています。今まで受け入れが一番多かった方は、澁谷さんです。その次に、和田さんと私が続くのではないかと思います。いろいろと苦労はありましたが、楽しいこともありました。
 最初に受け入れたのが、「REGINA EARL」です。白人が来たということで、ちやほやしてとにかく色々とさせてあげました。歓迎パーティと称してバーを貸し切り、当時のホストファミリーと一晩騒ぎましたし、入選はしませんでしたが着物女王コンテストにも出してあげました。
 2人目は「JENNIFER ZIEHL」でした。お正月の国旗掲揚では、一緒に星条旗を上げてやらなければということになり、旗屋に行って購入してきたりもしました。
 3人目は「SOPHIE CREIGHTON」です。非常に天真爛漫な子で、下校中に香林坊のどこかでダンスをしていたという噂話を聞いたり、我が家では水島事件と呼んでいる事件を起こしたりしました。2月の寒い日に、バスの降車を寝過ごして、寺井の方にある水島まで行ってしまいました。親切な方の連絡を受けて、慌てて迎えに行きましたが、本人はケロリとしていて「私の最初の日本での冒険です」と言っていました。(笑)
 4人目の「LINDA MIYA BELAIR」は母親が日本人だったので、見た目が日本人と変わりなく、リラックスして迎えられました。日本人はつくづく白人コンプレックスがあるのだなと思います。彼女はその後、澁谷工業に入りまして、国際的な仕事に携わりました。
 6人目は「JONATHAN SOBLE」で、初めて男の子を受け入れました。彼はイケメンで人気がありました。学校では剣道部に入っていたのですが、私の知り合いの合気道の先生の所にも通わせてあげました。合気道の先生が餞別に小太刀をプレゼントしてくれたので、彼はロータリーの例会で居合抜きの実演をやってくれました。
 留学生は、だいたい高校2、3年生です。受け入れる家族も、同じような世代の子供がいると話題も合うし、相性がいいですね。高校生は受け入れ側にとってはちょうどいい年頃です。大学生だと本音と建て前がわかって来ますので、本当の姿が見られない。中学生だとまだ分別がつかず、苦労します。
 また、最近は留学生の質と日本の国力も関係があるのではと感じています。日本の魅力が低いと、希望国の2番目、3番目…と低くなっていきます。国の魅力を上げて、優秀な留学生を受け入れ、そして彼らが日本のためにまた何らかの活動をしてくれれば、それは有意義なことではないかと思います。